おやじの寝言
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時系列は、原則として上段が新しい日付になっております。
「アメリカってじつは最低の国?」 2004.02.04(水)
『米議会のビルで猛毒のリシンが発見され、米本土へのテロ再発懸念が、、、、、。』
上記のニュースに対する金寿しのおやじの感想は・・・・・
「大量破壊兵器」が遂に発見されなかったもんだから、その批判をかわす為の自作自演の「薬物・大量破壊兵器」を登場させたんじゃないの??ブッシュ一味のやりそーなこった!冗談じゃなくホントにやってたりするもんだから、もう目も当てらんない!アメリカ合衆国って、ホントひでえ国に成り下がっちゃたよな。日本は、憲法改正してアメリカから独立せにゃならんばい!エッ、独立してるって?ウッソ〜。
あと、うちにいらしたあるお客さんが言ってたけど、トヨタも気をつけないとやられるって。販売台数で、フォードを抜いて世界第2位になったと報道されたでしょ。トヨタ側は、『瞬間的なものでまだまだアメリカさんにはわたしらとても敵いません』ってな、謙虚なコメント出してたけど、アメリカさんの腹の中は煮えたぎっていて、「今畜生、ジャップめ!」「アメリカの威信にかけても世界ナンバー1の座は絶対には譲れないぞ。憶えておれ〜っ!」って。で、なにをするのかというと、公正に堂々と品質で勝負しようとするんではなく、相手の弱点をリサーチするんだよなあ、これが!。これが、ここ最近のアメリカさんのワン・パターン。何か、トヨタの信用を失墜せしめるような工作や例えば、トヨタ車の事故の自作自演など仕掛けてくるに違いないと話されていました。それともドル=50円くらいまで円高にもって行って輸出できなくさせますか(笑)、、、、。他国に「グローバル化」を押し付けといて、自分のところの産業が競争で負けてくると、「ビジネス・モデル特許」とか、理不尽な思いつきを振りかざして、自分たちが優位に立てるように常にもって行くというパターン。ここだけの話、内緒だけど、アメリカってじつは最低の国なんだよね。
ちょっと、ヤバイよなあ。
すし屋のおやじの分際でこんな「正直」な話を書いちゃうと、生意気だって消されちゃったりして、、、。
「なにか、おかしい!」の巻 2003/12/05 (金)
何かおかしい。釈然としない。
小泉首相はブッシュ大統領に忠誠を誓うのもいいが、『同盟国として当然だ。』などとぬかして、『テロには屈しない。テロとの戦い。』ウンヌン、、、、などと、お題目を唱えているうちに、外務省の職員が二人銃撃されて亡くなった。
「テロ」と戦う、とはどういうことなのか?
「テロ」を力だけで封じ込めることが可能だ。・・・などとまさか本気で思ってやしないだろうが、
それにしても、「国益」などと言葉を使って「自衛隊」をイラクに派遣するという小泉首相よ!
今からでも遅くない!悔い改めよ!だっちゅ〜の。
「国益」という言葉を使うのなら、アンタの考えている外交戦略を、日本にとってどうしてそれが「国益」になるのかをちゃんと説明しろ!っちゅ〜の!
アメリカの顔色だけ窺ってゴキゲンをとっていればそれで良いのか?
「ノー」でしょ。日本は、アラブ世界ともうまくやっていかなきゃいかんでしょうが!
アメリカだけじゃなく、他の国々ともじょうずにうまくやっていかにゃあならんでしょう。
そうすることが、「国益」だと思うんですが、、、、、。
バッカじゃねえ〜の。ホントに。
犬死だよ。可哀そうに。奥さんも、井ノ上さんも。
それで、オカシイと思うのは、どうして日本政府が主導権を取って、川口外務大臣が二人の遺骸を飛行場に迎えに行って、儀仗(ぎじょう)隊まで登場させて、葬式を、さも「準国葬」のように錯覚させるみたいに、政治的に利用していること。
「2階級特進」などと、さも「殉死」したかのようにムード作りをして、どこでどう結び付けようと思っているのかは知らぬが、自衛隊派兵の根拠にしようとしている、そんなふうに見えるんだよね、、、、。
オカシイ。絶対にオカシイ。
そうしようと思っているとしたなら、そもそも、その「前提」がオカシイ。
「9.11」を契機に、アメリカはアフガンに侵攻して平定し、カルザイ政権を樹立した。そこまでは、まあ、百歩譲って良しとしよう。ブッシュ政権にも国内的な事情もあるだろうから、「反撃」に出たとポーズもとらにゃあいかんだろうし。
しかし、バグダッドに侵攻したのは、イラクを力ずくで治めようとしたことは、「正義」がない、ということだ。
「大量破壊兵器」を見つけて、廃棄することが、この戦争の「大義」だった筈。
「大量破壊兵器」など今だ見つからず、本当は最初から無かった。
ただ、イラクに攻め入るための口実にすぎなかった。フセインを追放して、自分たちがコントロール出来る政権をでっち上げて、イラクの石油の利権を確保して、中東のその地域周辺にアメリカの影響力が増すことを謀った。
肝心なこと、もっとも重要なことは、「じゃあ、何故テロが起きるのか?」ということだ。
さかのぼれば、どうしてアメリカが狙われたのか?ということ。
どうして、貿易センタービルに旅客機が突っ込まなければならなかったのか、ということ。
テロを起こしている連中にもテロを起こす理由があるんだ、という処に何故想いが行かないのだろうか?
ひょっとして、このたびの日本人が狙われた事象を、「テロ」と解釈せずに、インティファーダ(民衆蜂起)だと解釈したら、、、、。
パレスチナの人々が、アメリカに後押しされたイスラエルの軍隊に対してインティファーダ(民衆蜂起)を起こすことと同じようなこと、と解釈したら、、、。
狙われるのは、当たり前だ。誰が、自分の国を他の国に占領されていて快く思うものか!
中途半端ですが、本日はここまで。たぶん、、、続く。 03.12.05
舌足らずな文章ですが、とりあえず〈初稿〉ということにして掲載しておきます。
「松井は大リーグへ行って良かったなあ〜。と、読売・日テレに憤る!」の巻 2003/11/21 (金)
・・・下書きみたいな文章で恐縮ですが、一応、暫定的にUPしときます。・・・
昨日、BSのNHKで放送した「松井とトーリ」という番組(正確なタイトルは覚えていません。だいたいこんなようなタイトルの番組だったと思います)をご覧になりましたか?今年一年間の松井(ゴジラ)とトーリ監督を追いかけて、ふたりの気持ちの遣り取りを取材したドキュメンタリー番組です。話は替わりますが、わたしは後楽園球場の近くで生まれ育ったせいもあって根っからの巨人ファンなんですが、松井は大リーグへ行ってよかったなあ〜とつくづく思います。今のジャイアンツみたいな、くだらないチームから(おそらく、去年松井がFA宣言した時に、いろんな人を通じて引き留め工作を謀ったり、球団はとどのつまりは金で縛ろうとしたんだろうけど、松井は金だけでは縛られなかった、と推察できますが)敢えてそういうシガラミを振り払って大リーグへ羽ばたいて行った松井の決断にわたしは大拍手をしたのを憶えていますが、やっぱり、むこうへ行って、大正解でしたよね。
読売・日テレグループの体質は、野球というスポーツを冒涜してます。野球チームを単なる、宣伝の道具、視聴率を稼ぐ手段としか見ていない。近年、その傾向があからさまに、かつ露骨に、恥じらいも無く鉄面皮にやるようになって来ています。わたしは、感受性が強いから(笑)そういうテレビの巨人戦の中継に嫌悪感を抱くのです。まず、タショウやヨシダのアナウンスが苛々します。それから、負けている試合で、過去の勝った試合の時に打ったホームランのビデオなんぞを流すなっ!つう〜の。それも、何をトチ狂ってんだか、緊迫した場面でスポーツの実況中継の醍醐味を殺ぐような、くだらないベンチリポートなんかをベラベラ喋らせたり、ゲスト解説者に予定調和的な問いかけをしてみたり、ほ〜んと、面白くねえ。野球の実況中継は(野球ばかりでなく、スポーツの実況中継は)、次に何が起こるかハラハラドキドキ、そのゲームに見る者が集中したいのに(感情移入して見たい)のに、それを拒否するかのような日本テレビの野球放送。わたしは音を消して見ます。耳障りでしょうがないから。だから、たまにNHKや他局でやる巨人戦のテレビ中継が良く見えることったらありゃしない。最低です!日本テレビ。本当に何を勘違いしてるんだろうか?いつまで今のやり方でいくつもりなんだろうか?こんな放送をしていたんではますます視聴率が落ちるのはミエミエだよ。あっ!でも、ど〜せいいか!視聴率も金で買っちゃえばいいんだから。多分、そんな感じでしょう。(この度発覚した視聴率モニターを買収した事件への皮肉を籠めて!なんだか、ちょっと横道に逸れちゃいました、、、、。)
大リーグで一生懸命野球に取り組んでいる松井のことを書こうとしたら、普段あたまにきている、読売新聞・日テレがやっていることが、今、松井のいる大リーグといちいち対極にあるもんだから、どうしてもそっちの方へ話が逸れちゃいます、、、、。それから、外野スタンドでのウルセー巨人の「私設応援団」もサイテー!ああそれから、原監督の解任(クビ斬り)劇の顛末もまったく納得できないし、、、、。言いたい事が一杯あり過ぎて、、、続く!です。
・・・・じつに、文章を書くということはなんて時間が掛かるもんなんでしょうか!それともわたしは特別時間が掛かるんでしょうか?ああ、疲れた。
トゥー・ビィー・コンテニュー ってことで。今日は、ここまで。
以下、2003/11/26 (水)追加分
フジテレビのワールド・カップのバレーボールの放送も最悪・最低!きっと、フジテレビはジャニーズ事務所と提携関係にあるんでしょうね?!
試合とまったく関係無いのに、「一山いくら」のジャリタレ登場させて。お前らナンナンダ??「添え物」にしては煩さ過ぎ!バレーをやってるのは選手なんだよ。おめぇーら目立ってどーする??ってやつですよ。どこのテレビ局も勘違いばっか!
それにしても、やっぱり弱いなあ〜。日本の男子バレーは、、、、、。
最初、連勝していた時は、『ええーっ!男子って弱いかと思ったら、案外強いんだあ〜!』って感心させるほどに勢いが在ったのに。結局は、ひとつ負けたらその後は負けっぱなし。やっぱりなあ、、、、。結局は、これが真の実力ってもんなんだよなあ。あんなんじゃ、来年のオリンピック最終予選の結果も目に見えてるよなあ。
今日もここまで。 〜 続く。
「ブッシュとブッシュを大統領の座から下ろさないアメリカに憤る!」の巻 2003/03/27 (木)
ブッシュがTVの画面に出て来てシタリ顔で、虚勢を張ってしゃべっているその姿を見ると、生理的に嫌悪感が湧き起こって来る。
知らず知らず『冗談じゃねえ!誰が?オマエの言うところの“自由と希望の戦争”など欲しているもんか!バーカ!』と、TVに向かって叫んでいる。
東西の冷戦が終った今、世界の人々が取り組むべき課題は「南北問題」だ。つまり、地域格差の是正だ。各国の利害のために政治的に抑圧されてその結果、貧困の中に押し込められている地域の人々を、なんとか窮乏生活から脱することが出来るように手助けをすることだ。言い替えれば、貧富の差の解消だ。喰うや食わずの悲惨な状態ままに放置しているから問題が起こるのだ。アメリカは冷戦終結後、唯一のいろんな意味で超大国になってしまった。いわば、世界をリードできる国家なのだ。その超大国アメリカが、国連を無視し自国の国益ばかりを優先するようになってしまっている。それは覇権を握っているからこそ許される(本当は許されないのだが、、、。)傍若無人な振る舞いなのだ。
何故、『9.11』が起こったのか?何故、アメリカはテロの標的になってしまうのか?
分かっている筈だ。テロを防ぐための(テロを起こさないための)根本的な解決への道は、アメリカが今現在後ろ盾となって支えているイスラエルが国連決議に違反して占領地から撤退しない政策を辞めさせて、イスラエルを占領地から撤退させることだ。そうしてパレスチナに平和を築くことだ。その根本的なところを解決しないで、ただ、力のみで抑えつけ、押し潰すというやり方を転換しないで続けていては、いつまで経ってもテロは終息しないだろうし、またいつか新たなテロが起きてしまうだろう。
ブッシュのお題目は、いわく「テロとの戦い」、いわく「テロリストとの戦争」、いわく「自由を守るための戦い」、いわく「悪の独裁者から市民を解放するための勇気ある戦い」いわく「犠牲と愛国心」、、、、、、云々、、、、。
要するに、なにが何でもアメリカは平和と自由を守るために、犠牲を支払っても「自由と希望」の作戦を成功させるのだ!と強弁する。オマエはいつから『選ばれし国の選ばれし大統領』になっちゃったんだ?まるでオマエは『全知全能の神』だぜ!ひょっとして、本気でそう錯覚し、思い込んでいるようだから始末に終えない。
強引で手前勝手な言い替えと、すり替え。
「イラクを解放するための戦争(人殺し)」「アメリカの良心を体現する偉大な大統領」だと!なにをトチ狂ったことを言ってるんだ!『9.11』の復讐。それも100倍、1000倍、1万倍にしての仕返し。八つ当たり。
「無慈悲な敵」から市民を解放するための犠牲を伴なう勇気ある戦い、だと?
おぞましい、あさましい演説しているその姿。演説の途中でいちいち止まって拍手を求めるなよ!まったくイカレてるぜ!
「われわれの軍隊は敵の破壊工作からイラクの油田を守っている」だと。「日に日にイラクの人々は邪悪なサダム・フセインから解放される日が近づいている」だと。いったい誰のための油田を守っているんだ?糞野郎が!
メジャー(国際石油資本)のため、だろうが!露骨なミエミエの、自国の利益ばかりを優先する戦略。ふざけるな!
まもなく『人道援助』を開始するだと?!
右手で頭をひっぱたいて首を締めて、左手で強引に口の中にハンバーガーを押し込むやり方。それが『人道援助』かい?冗談じゃないぜ!
敵の『大量破壊兵器』の脅威を取り除くための、罪の無い人々を守るための戦い、だと!
「アメリカに神の恵みあれ!」だと。ふざけるな!だ。
アメリカの右派(新保守主義=ネオコンって云うんだそうだ)と、云わば、キリスト教の中でも『原理主義的なキリスト教』とも云える排他的な宗派を政権の基盤とする大統領が、世界をリードするだなんてマッピラだ!
ブッシュは、アメリカは、既にもう『大量破壊兵器』以上の無数の爆弾やミサイルを一方的に撃ち込んでいるだろうが!自分は安全な場所に身を置いておいて、『精密誘導爆弾』とやらを撃ち込んでいる!人殺しが!そういうオマエこそが卑怯者だろうが!オマエなんか地獄に墜ちろ!だ。
言いたいことは、まだまだ沢山あるが今日のところはここまで。
つづく。 03.03.27
追記: 03.28 一部訂正しました。
03.03.27の朝日新聞の夕刊に載った記事によると、ブッシュ大統領自身が所属するキリスト教の教派は、プロテスタントの教派のひとつである『メソジスト教会』であるとのことだ。
そのメソジスト教会の指導部はイラクとの戦争に反対している。他の教派の指導者と一緒に、反戦のメッセージを伝えるため面会を求めていたが、ブッシュ大統領は拒否したままイラク戦争に突入した。
・・・以下、書き写すのがたいへんなので省略。
朝日新聞のウェブサイトに行ったら載ってました。以下にリンクを貼って置きますのでご覧になって下さい。
↓
「ブッシュ大統領の所属教会、戦争反対」
今日、友達を見舞いに行ってきた 03.02.11(火)
今日、ずっと気になっていたお見舞いに行って来た。気が重かったのだ。やっと行って来た。
彼は、俺より3歳年下の釣り友達。高校1年生をアタマに、下は小学校の4年生までの男ばかり4人の子供を持つ父親だ。
しばらく顔を見せなかった彼がひょっこりやって来て、「俺、癌になっちゃったよ、、、。」と聞いたのは去年の夏前ぐらいだったと思う。彼:「丸ひと月落ち込んでたよ。だけど、もう気持ちの整理がついた。」俺:「で、どんな状態なの?」彼:「前立腺癌だって。まだ、検査しなきゃはっきり判らないけど、余命5年くらいだろうって。コーちゃんも検査した方がいいよ。腫瘍マーカーっていう癌の検査があるから、それをやっといたほうがいいよ。」俺:「腫瘍マーカーね。わかった。今度その検査受けてみる。」
その時、「じゃあ、死ぬ前に一度釣り行こうぜ!」と、そんな俺流の励まし方しかできなかった。
その後、検査の結果は、余命5年どころの話じゃあなかった。(・・・のだと思う。そこのところは聞いてないし、聞けないので判らない。)まだ若いから進行が速いのだ。
今年、年賀状を出したのに、彼から返事が無かった。で、かなり悪いんだろう、入院してるんだろうと想像していた。
彼は身長は180cmを超え、体重も100kg超。俺から見ると、とても行動的な男で、飛行機の操縦もするし、船の免許も1級小型船舶を持っている。アマチュア無線はもとより、レーダーの免許まで取って、偉丈夫の頼もしい男だ。バブルの時代の終わり頃、荒天の日に二人で船を出して、波が高いので航路から外れて近くの港へ避難しようとして、却って高波、三角波が立っている危険な水域に入り込んでしまい、船の天井の上を前方から後方へ波が洗っていくという、まるで潜水艦状態。めったに出来ない、いやあ、もう決して二度としたくない死ぬほど恐ろしい体験も一緒にしったけ。運良く沈しないで、やっとの思いで帰港できたのは、本当に運が良かったのだと思う。
そんな思い出を共有する彼が、「頭、髪の毛がバサッと抜けるので坊主頭にしっちゃったんだ。点滴に痛み止めの薬を入れてるんで眠くて仕方ないんだ、、、。」と言っていた。そう話す言葉に力が無かった。それにしては、どうしてだろうか。彼の眼は異常に澄んで見えた。
俺:「良くなればいいけどなあ、、、。」彼:「良くはなんないって。もういろんな処に転移してるからって。進行を遅らせる事ぐらいしかできないんだって。」
目の前の現実は残酷だ。次の言葉が続かない。全て承知の上で自らの病気と闘っている彼に対して、何を言って慰め、どのような励ましの言葉を掛けられるだろうか?帰り際、「頑張って!」と言って帰って来た。不覚にもそれしか言葉が思い浮かばなかったのだ。それはひょとしたら違うのかもしれない。「もう頑張らなくていいよ」って、言わなければならない時が必ず、もうすぐ来てしまうのだ。
後日談: 7月の末、彼はあの世へ旅立ってしまいました。合掌。
田中康夫はエライ! 03.01.28(火)
今日、03年01月28日(火)の朝日新聞の夕刊に載った記事。
以下、抜粋。
>長野県の田中康夫知事は、このほど地球温暖化防止策を行いながら新たな雇用を生み出す「森(しん)世紀ニューディール政策」と名付けた事業を新年度から始めることに決めた。「脱ダム」による造林事業などを進め、年間10万人規模の雇用創出を目指すという。・・・略・・・。
95年の阪神大震災の時の彼流の活躍ぶりにもエライ!と思ったが、県議会との確執の末、長野県知事に再選された今、このような政策を掲げて、実行に移そうとする姿勢が、すっごくエライ!『ガンバレ!田中康夫』と言いたい。
趣味的な部分で、『え、えーっ?』と思うところはあるけれども、(例えばヤッシーのペンダントなど)彼の根幹のところは好きだ。みなさん、ますます田中康夫から目が離せないですぞ!
ところで、実物の「森(しん)世紀ニューディール政策」を読んでみようと、長野県の公式ホームページと田中康夫氏のホームページを当たってみたのですが、まだUPされていないようで見つけることが出来ませんでした。
替わりに、<「脱ダム」宣言>がホームページに記載されていましたので、リンクを貼っておきました。宜しかったら目を通してみて下さい。
「季節を食す」 03.01.26(日)
やっと見つけました。うち(金寿し)のテーマを。
<季節を食す>あるいは、<旬を食す>・・・これで行きます。
はっきり言って、うちの店の経営も厳しいです。
第一にデフレ。そしてファーストフード、回転寿司、宅配チェーンの台頭に対する所為、既存のすし屋の価格競争力の無さ、言い換えればお客様にとっての満足度の低さ。
この不景気な時代にどう生き延びるか?
今までも、リーズナブルな価格ですしを始めとする商品をお客様に提供して来たつもりですが、それだけでは、駄目な時代になっちゃったんですね。
<季節を召し上がっていただく>あるいは、<旬を召し上がっていただく>
今年はこのテーマで行きます。
だいいち仕事しててもテーマを持って仕事してたほうが楽しいですもんね。
「お薦め」をお客様に薦めて、『うん、美味しい!』って反応が返ってくると、シテヤッタリと思うし、遣り甲斐も湧く、ってもんです。
季節感の在る美味しいもの、召し上がりたい人(お客様)、募集します!
わたしもお客様のご期待に応えられるよう精々努めます!
ご来店をお待ちしております。
いいなあ、、、。いいテーマが見つかった。
(2003.01.26)
今日の格言 「嘘つきは泥棒の始まり」 03.01.24
おいおい、小泉さんよ。それを言っちゃあ、おしまいだぜ!
『そのくらいの約束を破ったところで大した問題じゃない。』発言。
<大胆かつ柔軟に>公約を破っちゃあダメだぜ!守れなかったのなら素直に謝るべきだ。管直人に挑発されて引き出された発言だとしたって、居直っちゃあダメだぜ。
太宰の「走れメロス」読んだことないのかねえ?俺は、娘と息子に言い聞かせてるぜ。『約束は必ず守ること!』って。だから、俺も、娘や息子に約束したことは何があろうと絶対に守ることにしている。自分が約束破ってたんじゃあ、娘や息子に偉そうに言えないじゃない!まして、あなたは政治家でしょ。約束は、必ず守ること。それが、キホンってもんでしょ。
俺も小泉さんには期待してたんだけどなあ、、、初めは。
『もしも抵抗勢力が改革を邪魔することがあったとしたら、党を割ってでも改革を進める!』って、大見得切ったじゃない。最近、小泉さんの<大胆かつ柔軟に>の決まり文句、バカの一つ覚えのように言っているのを聞くけど、陳腐に聞こえて仕方ないぜ。ちっとも<大胆かつ柔軟>じゃないもの。あなたのすべきことは、総選挙をして「抵抗勢力」を排除して、改革をダイナミックに進めること。でしょ!自民党を守るんじゃなくて、国民を守ってくれなくちゃあ、、、。だいたいから、自民党なんて守るべき何が在るんだい?それにつけても、宮崎が選挙区の江藤某、顔見ただけで腹立たしい。あんな糞オヤジ、選挙して落とさなきゃ。例の「道路関係四公団民営化推進委員会」の最期のまとめの諮問会議の時、あのジジイは『シロウトが、何を言っても拘束力は無い。、うんぬん、、、。』ってとんでもない失礼な発言をしたんだぜ。テメエの方がよっぽど何も分かってないトーシロウで、時代錯誤の、利益誘導イナカ政治屋のくせして、偉らそーに。あん時もガッカリしたよ。松田昌士氏がまとめた改革案に対して、古賀(人相が悪い!顔に出ちゃってる。)とかが画策して今井委員長に圧力をかけて、辞任して両論併記に持って行く。やり方が汚い。松田氏は、JR東日本の社長を勤めてきた、民営化に腕をふるった実績のある人で「7人の侍」の中では俺が一番期待していた人だったんだ。あの時、小泉首相は、松田、猪瀬ラインの改革勢力を守るべきだったんだ。『苦労してまとめた改革案を断固として指示する!』って言い放つべきだったと思う。国会を解散して改革勢力と旧守派勢力を国民の前に判りやすく提示して、いっそ政党なんか解体しちゃって、もっとダイナミックに政策をどんどん打ち出して改革を進めて行く。そういう風に出来ないものなのかねえ。
なんか、また「細川隆元の時事放談」みたいなこと書いちゃった。爺が二人で対談するから「じじい放談」。子供の頃、日曜日に放送してたの、(面白くねえ番組だなあって感じてた)かすかに覚えているもんね。そんな番組を知ってるって、古いねえ俺も。それにしても『すし屋のおやじのくせして理屈っぽいことばかり言ってるんじゃねえ、』って声が聞こえて来そうです。 (この稿、ここまで。 03.01.24)
後日談:
『大した問題じゃない』発言。
01.27(月)の予算委員会で小泉首相は「不適切な発言だった」と陳謝した。
「しかしながら今更発言を取り消したところで仕方が無いので、国民に行動で理解を得られるようにしたい。」とも語った。
想像力 2 ・・・・ 03/01/19 (日)
宇宙飛行士が生命維持装置に身を包んで命綱無しでポッカリ宇宙に浮かんでいる。背景右下3分の1に青く白く、海と水蒸気を湛えた地球が写っている。そんな写真を見たことがあります。彼(宇宙飛行士)の目に写るものは、果てしない漆黒の闇と、その宇宙空間に浮かぶ水と大気を湛えて青く輝く地球。みなさんもその神秘的な映像をきっと何処かで見たことがあると思います。わたしの想像するに、きっとその時、彼の目線は、“神”の目線と同一、もしくは限りなく神に近いものに違いないと思うのです。そして、宇宙空間にポッカリ浮かんだ彼は、宇宙船に戻って、それから地球に無事帰還しなければ生き延びることが出来ないのです。
なぜ、こんな話を持ち出したかと云うと、今、世界でバカな、愚かな戦争をしでかそうとしているヤカラがいて、利己的で強引な論理が罷り通っていることに憤っているからです。
だいぶ前に出た本ですが、立花隆の「宇宙からの帰還」という本を読んだことがあります。有人飛行船に乗って宇宙に飛び出し、無事に帰還を果たした米国の宇宙飛行士へのインタビューをまとめた本です。その宇宙飛行士のほとんどが宇宙滞在中に神秘的な啓示を受けたと言い、宗教的な体験をしたと語っているのです。そうして面白いことに、宇宙からの帰還後に多くの人が牧師になったり宣教師になったりしているというのです。かいつまんで言うと、そういう内容の本です。
で、わたしが希望すること。それは、ブッシュもキム・ジョンイルもフセインもシャロンも小泉も江沢民もプーチンも英国の首相もフランスの大統領も、みんなまとめて宇宙船に乗せて宇宙から地球を見させる。よく目をカッポじいてよく見てみろ!と言いたいのです。そうすれば、彼ら認識も少しは変わらざるを得ないのじゃないかと思うのです。
ジョン・レノンの「イマジン」の歌詞じゃないけど、『みんな想像してごらん。国も国境もないんだ。このかけがえのない地球上に人々がわかち合って住んでいるんだと、そう想像してごらん!』である。
北のデコスケ。はっきり云って大嫌いだ。てめえの失政をコメ国のせいにしたり、日本のせいにしたりして、まるで日本の戦時中の「鬼畜米英」、竹槍持たせて「欲しがりません。勝つまでは。」の世界だ。日本を批判するわりには、俺に言わせりゃまったく昔の日本の悪いところをそっくりそのまま取り入れて、外に敵を作って責任転嫁。国民を食うや食わずの極限状態に置いて、将軍様バンザイ。将軍様のおかげで生かされているんです。と、徹底したファッショ教育。でも、それにしたって笠にかかって、寄って集って、『経済制裁だ、おまえらなんかどうなっても知らん、飢え死にしろ!』ではいけないよ。一部の特権階級や軍人にしか援助物資が届かないというけれども、事実本当に食うものが無くて飢えている人が何十万人、何百万人といるんだから。きちんと、国連なりを通じて貧しい虐げられた人々に援助物資や援助食糧が行き渡るようにしてから援助すれば良いわけで、それがやっぱり「人の道」でしょ。
今日は、一応ここまで。 <初稿>としてUPしときます。 03.01.19
今年(2003年)の初夢ならぬ初「寝言」
想像力 1 ・・・・ 03/01/12 (日)
『世の中、閉塞感が漂っている。』と、テレビのニュース解説者が言っている。
本当に、なんだか世の中、未来に希望が持てないムードが満ち溢れている。
でも、そうだろうか?ひょっとして違うんじゃない?と、視点を変えて見てみよう!
例えば、年金問題。
少子高齢化が進んで20年後の日本は(生産に従事する)労働人口が減って、少数の若い人たちが多数の年寄りを養っていかなければならないのでタイヘンだ、と。そういうシュミレーションをして出た結果ばかりをメディアが囃している。だが、ちょっと違うんじゃない?問題は解決出来るさ。じゃあ、どうしたら良いのか?と言うと、子供を2人、3人と産める社会にしていけばいいのさ。そうすれば少子高齢化社会に成ることを食い止めることができるじゃない。そういう世の中にしていけばいいのさ!(理屈は簡単!)
子供は沢山いたほうがいいと思うよ。ただ、今の社会がそれを許し難くしているのさ。一昔前に『ディンクス』って言葉が流行ったけど、俺に言わせりゃ、なんかウソ臭い。人それぞれ考え方が違うし、子供は作らないという考えの人もいると思う。そりゃあそういう考えの人も尊重しなけりゃいけないんだろうけどさ、、、、。俺の友達に子供が欲しくて欲しくてしょうがないのに子供ができない夫婦が二組いる。そういう夫婦に限ってやっと妊娠したかと思ったら流産してしまう。幸いなことに、うちは子供は二人恵まれたけど。確かに子供を育てるのはタイヘンだよ。だけど、やはり子供は可愛いいし、いれば楽しいもの。だからそういう友達の夫婦を見ていると気の毒になる。でも彼らは彼らで、「もう子供は諦めた。ふたりでの将来設計をしていく。」と踏ん切りをつけたように云うのだったけれども、、、。
話を戻します。そもそも少子高齢化を既定の前提条件としてシュミレーションしちゃうからいけないのさ。
子供をたくさん産める社会にしていく。その実現に向けて社会の仕組みを変革していく。楽しいじゃない。そう想像しただけで。少子高齢化社会が到来するということを、既定の事実と認めないのさ。どっちにしても、子供にツケだけ回すわけにはいかないよ!世の中の働く女性が職場においても家庭においても制約や障壁無く、余裕を持って子供を産める社会、育てて行ける社会にしていかなければ、未来は無いのさ。われわれの未来も、そして子供たちの未来も。
良い未来を想像しなければ、良い未来は創造できない。
“こう在りたい”と想像し続ければ十のうち一つや二つは実現出来るかもしれない。いや、ひょっとしたら一つも実現出来ないかもしれないけれど、、、。
けれども逆説的に云えば、少なくとも、夢なり希望なり、“こう在りたい”と願望しないところに、その実現は在り得ない。何かを願望して、実現に向けて努力しなければ何も起こらないさ。
五年後十年後のおのれの姿を想像してみよう。なるべく良いカタチを。理想の姿を!
なんのことはない。自分自身に言い聞かせているんですよ。そう、「寝言」です。
03/01/15 (水) 第2稿
「熊本県の荒瀬ダム撤去へ」の報道に接して 2002/12/23 (月)
先日の新聞に出ていたこの記事をご覧になったでしょうか。
熊本県知事の下したこの決定は、ひょっとしたら歴史的意味を持つものになると思います。またそうであって欲しいし、この決定が「転換点」になって欲しいと思います。
わたしの道楽は釣りです。なかでも川の釣りが一番好きです。以前は、休みのたんびに渓流に出掛けて行ったものです。もちろん、魚も釣りたいのですが、自然の中で気の置けない相棒と歩いて竿を出すことが楽しいのです。釣れなくなって飽きちゃったら(前の晩、ロクスポ寝ないでクルマを運転して出て来てるから)木漏れ陽の下でウトウト昼寝をすることなんざが、ほんと、ストレスの解消になって好きです。とりわけ春から初夏の新緑の季節にまわりの木々の葉っぱの出す、なんとも云えない甘〜い香りの空気を吸いながら森の中を歩いていると、身体の細胞がみるみるリフレッシュされるような気がしていいもんです。
話は戻りますが、、、、。
ハゲ山の沢筋に堰堤(エンテイ)ばかりを作って、それを「治水」と言っていました。日光辺りの沢筋を見てごらんなさい。エンテイが段々に下から上へと作られて、まるでコンクリートの階段そのものです。関東近辺の渓流に行くと、とにかく人の手の入ってない川は皆無です。至る所で河川改修の名のもとに川は掻きまわされ、流れを変えられ、砂防エンテイの工事がいたる所で行われて、林道はずっとずっと山の奥の頂上近くまで延ばされる。とにかく、不条理な工事がいたる所で行われてきました。
渓流釣りに出掛けて、去年来た時と今年とでは様子がまるで違っていた、って感じられた方はわたし以外にも多勢おられることでしょう。まるで川は人の手で自由に操れるかの如く弄られています。「治水」イコール「用水路化」が、これまで(何時からこうなっちゃたんだか知らないが)行われてきた、この国の自然に対する傲慢な「土建行政」だったんです。
今までの慣例を破って、コンクリートの川岸をやめて、柳の木を植えたり(柳の木はしっかりと根を張って、護岸が崩れにくいらしい。)コンクリートのテトラを入れるのをやめて木組みのなんて言ったっけ?「木舟」って言ったっけ?名前は忘れたけど、とにかく昔から伝わるその<木組み>の中に石を入れたものを川の流れがぶつかる場所に入れる方法に変えたり、じょじょに川の改修にあたっての改善がみられてきているらしいとも思うのですが、、、、。(それはまだ始まったばかりのほんの例外的な事例のようです。)
しかし、この度のこの記事の言うところの意味は<既存のダムの撤去>だということ。画期的なことです。やっと、日本も良い方向に向かうのか?って感じがしました。本当に汚れのない眼で、現実と、将来の理想とする方向を視て欲しいものです。
そもそも、いったい、砂防エンテイだけで鉄砲水が防げますか?答えは否でしょう!
山に木を植えなければ、そして植えた山の木を手入れしなきゃ、ダメでしょう!森を育てることが洪水を防ぐことだ!って、広葉樹の森は保水力があって天然のダムだ!って、もうだれでもが知っていることじゃないですか!!
今までの、全国画一の杉林にしてしまった林野行政。なぜああなちゃったんだろう、、、と思うし、不思議でしょうがないです。
敗戦からの戦後の復興において、家を建てるのに杉材が必要だった、ということもその原因のひとつらしいが、この国の為政者と林野庁の役人はいったい何をやっていたんだ?と訝しくなります。関東近辺どこの渓流に行ってもまわりの山はとにかく杉山ばかりです。それも間伐もされず、ろくに手入れもされていないから、昼でも日差しが入らず暗くてヒンヤリとした杉林ばかりがに目につきます。
何時だったか何処へ行った時だかは忘れちゃったけど、渓流を釣り上がっていて、たまたまブナの林に入ったことがあったんです。その時は、巨大な岩に行く手を阻まれて、つまり川通しに進めなくなって、その岩を巻くために林の中にウエーダー姿で入ったことがあったんですが、その時のことが忘れられないんです。それこそ腐葉土、足の下は頭上から落ちてきた去年のブナの葉っぱとその下の腐葉土でフカフカ。川の中に入って遡行していたわたしの冷えた体がその降り積もった葉っぱの中に足を入れると足元から温かくなってきたんです。去年落ちた葉の下には一昨年に落ちた葉っぱが、そのまた下には、そのまた前の年に落ちた葉っぱが積もっていて、、、、。そして、その葉っぱの中には多くの虫たちのそれこそ無数の命が蠢いている。広葉樹の明るい林の梢には鳥がやって来て木ノ実をついばみ、リスがいて、野ネズミや蛇も生息していて、食物連鎖が豊かな森を形作っている。きっと、白神のブナの森というのはこういう森のデカイのを言うんだなあ、ってその時、想像したもんでした。
岐阜の徳山ダム。荒瀬ダムの上流に位置する川辺川ダム。諫早湾のギロチン堤防。長良川の河口堰。
宍道湖の淡水化計画は中止になったようですが、、、、。わたしが今ちょっと思い浮かべるだけでこれくらいの、有名なくだらない<公共事業>を思い浮かべることが出来ます。
とにかく、<まず予算ありき>の発想をこの辺で改めなければいけない。
「公共事業・地方振興策」イコール「土建行政」という腐った思考回路はもう本当に止めるべきです。
地方に金を落とすことが目的ならば、なにもやらないで、自然破壊をしないで、土建業に係わる人に現ナマ(現金)をただあげた方がマシだ、と思います。何故なら、公共事業の名のもとに自然破壊をしないで済むのですから。
『国破れてて山河あり』・・・って言葉があったけど、『公共事業ありて、山河なし』です。
ストップ・ザ・「無駄な大儀名文」
ストップ・ザ・「土建行政」
その後の報道を読むと来年だかが更新時期の水利権を、更新期間を通常30年のところを異例の7年という短い期間にしてその後に完全撤去するという話でした。だったら、『異例の7年』を待たずに、良いことはすぐやるべきだと思います。どうせなら、もう更新しないですぐやるべきことなのです。良いことは速やかにやるべきであると思います。
三陸地方のどこだかの湾の牡蠣(カキ)養殖の漁師が、年々牡蠣の生育状態が悪くなり、海が痩せてきたと感じた時に、それは山が荒廃していることが原因だと想い至り、その湾に流れ込む川の流域の人たちと共に山に木を植える運動を興したと、もう何年も前にニュースで見た記憶があります。
そうなのだと思う。山が豊かでなければ、川は豊かには成れず、そして海も豊かに成れないのだから。
[ 02/12/25 (水) 第4稿 UP ]
「河口湖の巨大釣堀化について憤る!」の巻 2002/10/30 (水)
エセ・アウトドア文化について。
河口湖の今の在り様が、その象徴だ。
何がオート・キャンプだ?キャンプサイトだ?クソ食らえ!
なにが悲しゅうてせっかくの休日に、渋滞している高速道に乗って、芋の子を洗うように混雑している〈アウトドア〉に行かなきゃなんないの?
郊外に出掛けて、アウトドアを満喫する。それ、俺は大賛成!アウトドア大好き!でも人のいない田舎に出掛けて行って、自然の中で遊ぶ(遊ばしてもらう)のが俺にとってのアウトドア。弁当食べるにもナイフを一本砥いで持って行って、適当な枝を削って箸を作ったりする。そういうことが面白い。川での釣りにしたって、竿と糸と釣り針が一本だけあれば釣りは出来るんだよ。川底の石をひっくり返して川虫を採り餌にする。川虫が採れなければ、陸地のミミズを探せばいい。堆肥の所には必ず大きなドバミミズがいるだろうし、、、。大きなミミズを餌にするんだったら、オモリを噛ます必要もない。
ちょっと履き違えているんじゃないのかい?
アウトドアに都会の日常のそのまんまの便利さを持ち込んで、電気も水道も完備、トイレの心配もありません、てか。やれバーベキューだなんのって云って、コールマンのバーベキューセットだのテーブルセットだのを持ち込んで悦に入っているバカさ加減よ!
あ〜あ、俺は嫌だね。できることなら、流木かなんかの焚き木を拾い集めて、それで火を熾したいじゃない。焚き火でコーヒーを沸かして暖を取りたいじゃない。
先日、小石川植物園で捕って来た「アメリカザリガニ」について調べているうちに想像した事です。
生態系を壊す外来種の動植物についての、日本人のバカさ加減に情けなくなるに至る想い、、、について。やっぱ、愚痴かな?
バスが増えちゃって、元々いた魚が減っちゃって、、、。漁師は漁じゃ食っていけない。昔は漁場を荒らす〈駆逐対象魚〉だったのに。必死で捕っても捕っても漁で生計を立てている漁師のことなんかおかまいなしにバカがせっせと放流して、その上釣ってもリリースしちまうからバスは増える一方で、他方、漁の対象となる食べられる魚は減る一方だ。そんなところが理由なんだろうけど、ワカサギを捕ったり、マス類を捕ったりして収益を上げるよりも、今ブームのブラックバスをやりに来る客から入漁料を取った方が儲かるって云うんで。すっごい『本末転倒の極み』ここにあり!って感じ。
バッカじゃねえか!!霞ヶ浦や北浦から〈駆除対象魚〉をお金を出して買い取って活魚運搬車で河口湖まで運んで湖に放す。そう、バカを相手の湖全体が釣堀と化した河口湖。そういうなっさけねえことを河口湖の漁協がやってるんだよ。ゲーム・フィシング(やな言葉だね、最低!ムシズが走る!)に押し寄せるバカに『釣れねえよ!入漁料返せ!』って言われないようにせっせとバスを放流する。だから、先祖の代に放流してそれで生活してきたヒメマスやニジマスやワカサギは馳駆されてしまった。漁で生計を立ててきた、少なくとも生計の足しにして来た漁師の誇りは、あるはず無いよな。
リリースするくらいなら釣るな!勘違いしてカッコつけてる連中のなんとカッコ悪いことよ!リリースしたって魚は傷むし。でもバスはタフだからなかなか死なないんだろうけどな。
釣った魚は必ず食べること!そして食べられないなら(食べないなら)釣るな!(ブラックバスに関しては、フライにして食うと意外と旨いという話は聞いたことがあるが、あくまでもゲーム・フィシングの対象だから食うわけないけど、、、。)
一般論としての話だが、釣った魚は必ず食べること。だから、食べきれないほどは釣らない。捨てたりしたらバチが当たると思うベシ!それが人としてのマナーでしょ。
「蓄養マグロが作られているわけ」の巻
蓄養マグロのトロを、わが日本人はトロといって食す。
だから、オーストラリアのマグロ蓄養業者は日本人のお客さんの口に合うように全身背にまで脂の乗った、豚のように家畜化されたマグロを日本に向けて出荷する。
近海のマグロはほとんど入荷がない。だから高い。特に本マグロは値段がとても高い。俺だって、生の本マグロを仕入れると、どう売ろうかと考えなければならないほど高い。
ひるがえって、蓄養マグロは安い。そして「トロ」だもんね!なんせ。
マグロの家畜化を画策して、それが成功してオーストラリア南西部のさびれた漁村だった地域にマグロ御殿が建った。
マグロの蓄養事業が雇用を産み出して、関連の事業も立ち上がり、ますます雇用を産み出すんだとさ。
妬みじゃないけど、やっぱりおかしいよ!
まず、トロのブランド化もおかしい。
国産のトロが手に入らないから、外国から輸入する。そこまではいいよ。でもそこからが問題。
トロ、トロと囃すもんもんだから、トロは赤身より偉くなってしまって、本来赤身の部分だったところもトロ化して出荷する。それをありがたがって美味しいと言って食べる日本人。マグロ蓄養業者は、日々マグロに食べさせる餌を「研究」して、日本人のお客様に満足していただけるように努めているんだとさ。
あ〜あ、だよ。
《〜 上述のふたつのコラムは、ちょっと前に書き留めておいたものをUPしました。 2002.10.30 〜
言い過ぎのところ、あります。反撥されるかたもおられるでしょう。でも、それを承知で書きました。
今日は、寝言で怒るおやじ、でした。
ちょっとテレるような表題ですが、『幸せについて』 2002/9/14 (土)
なんだか、「寝言」を振り返ってみると、〈 反アメリカ 〉って感じのことばかり書いていますね、、、。
じゃあ、今日はちょっと違うお話。
景気は悪いし、経済的には今どん底の状態ですけど、家族に関しては幸せです。
ジジイになったからそう感じるのかもしれないけど、ここ何年か前から『われわれ家族にとって今が一番幸せの時なんじゃないかなあ、、、。』と思っています。
結婚して子供が生まれて、おやじは亡くなっちゃたけれど、母親は元気でいてくれて、、、、。
なかなか、家族全員が健康で元気ですごせる時期っていうのは、そうは長くは続くもんじゃあないんだよネ。
いつか母親も、年老いて寝たきりになってしまうかもしれないし。ひょっとしたらごく近い将来にわたし自身がガンに罹っているのが発覚するかもしれない。もしかしたら女房だって大きな病気に罹ってしまうかもしれない。二人の子供だって、今は元気に育っているけど、いつ何が起こるやもしれない。べつに、そんなことを今から思い悩んでみたりはしないけど、今現在の、みんなが元気に健康でいられることを幸せに思う。
なんだか、きれい事を言うな!小市民!って言われるかもしれないけど、、、。
幸せって、そういうことだと思うのだ、、、、。
寝言ですからねえ、寝言!
便利だよね、あくまでも「寝言」なんだから気にしないでね、って言えるもんね。
下の稿の続きは、また今度、日を改めて時間のある時に書き足します。なんせ、文章を書くのに異常に時間が掛かってしまうので、自分でも嫌になっちゃうんですよね。
「9.11」から一年をむかえて
2002/9/12 (木)
ブッシュ大統領が政策を転換しない限り、いつまで経ってもテロ攻撃を受ける恐怖の中で「国土保安省」だかを創って「国」を守るんだと迷い言を云ってみたところで、「敵」はいつか必ず「反撃」してくる。
「反撃」なのだ。世界の政治と経済と軍事の覇権を握ったアメリカが、自国の国益ばかりを露骨に優先して世界を支配しようとしている構図に対する「反撃」なのだ。
テロに対する「正義の戦い」とブッシュ大統領は云うけれど、テロ攻撃をしかける側も「正義」を掲げて行動しているのだ。
はたして本当に、ブッシュ政権のアメリカに正義があるのだろうか?
パレスチナにイスラエル軍が侵攻してミサイルが発射され、罪のない大勢の人々が死に、負傷して、、、。自爆テロの取り締まりの名の下に「容疑者」が連行されて行く、、、。そんな一方的なイスラエルの武力行使が許されている忌々しき状態を放置したまま、否、本当のところはイスラエルの後ろ盾となり後押ししているアメリカが、果たして『
自爆テロを止められないアラファトは交渉相手と認めない』などと手前勝手なことを言えるのだろうか?
誰が好きこのんで、自分の命を賭して自爆テロなどするもんか!
自爆テロに訴えるしか彼らには術がないんだ。そしてこれが日常化してしまって、パレスチナの悲劇を悲劇と受け止めれない感性が異常なのだ。
ブッシュ大統領は、テロに対する正義の戦いの「第2幕」として、サダム・フセイン政権をあらゆる手段を使って打ち倒すために戦う、と強弁する。そしてそれは「正義の戦い」だとブッシュは言い放つ。
たいへん極端で過激な言い方をすると、わたしにはアメリカ人自身がブッシュ政権を打ち倒すことこそが〈
アメリカの正義 〉ではないかと思う。
アメリカの繁栄が許されて来たのは、アメリカが移民の国で、多民族の国であり、多様性と他者への寛容、民主主義と法の下の平等を標榜し、達成できなかったまでも、かつてのアメリカにはそのような理想があったからだと思う。
翻って現在のアメリカはどうだろう?
「同時多発テロの被害者だ」と「被害者」の面だけを強調して愛国心を煽り立て、USA!USA!の大合唱。
ブッシュ大統領は〈 単独行動主義 〉の姿勢をあからさまにとり、「テロに対する正義の戦い」だと声高に叫び、核開発疑惑を払拭しきれないからと、他にも大量破壊兵器を持っているからそれがテロ組織の手に渡る前に防がなければならないからとイラクへの先制攻撃も辞さない。
それじゃあ、貴方の国の大量の核弾頭と他の大量破壊兵器も廃棄すべきじゃないのかい?
そして、他国の反対の声にも耳を貸さず、臨界前核実験も継続して行っている事実をどう説明するんじゃあい!おい、こら!
アメリカの大義が、世界の大義だと強引にすり替えるアイロニー。
アラブ、イスラムの国々が反撥するのは当然だ。
今日は、ここまで。
まだまだ書きたいことは沢山あるのですが、寝る時間を作らなければ、、、、。
続く。
| 異議あり!力が正義を押し潰している! 2002/5/2 (木) 自分の利益しか考えない人間が強面で「正義」を振りかざしている。 自分の利益を保つため、人々を貧困や戦乱のなかにわざと放置したまま、あえて反発を招くような状況に追い遣ったまま、我に正義ありと強弁し、「正義」を振りかざしている。その手前勝手なロジック。そんな手前勝手な「正義」、だれが認めるもんか! 子供のことを思う時、こんな「正義」を許したままではいけないと思う。 〜とりあえず表題だけ。近日中にちゃんと書きます。 <寓話> 2002/7/18 (木) コメ国の藪大統領の脳みそは、猿の脳みそです。顔もまるで猿だ!と思うのは、私だけでしょうか? まるで藪大統領は、コメ国は世界を支配できると勘違いしているようです。 自分たちのスタイルが世界でイチバンと勘違いしているので、黒い色をしたゲップの出る炭酸飲料と、パンの間に何が混ざっているか判らないミンチ肉を焼いたものを挟んだ食べものを携えて世界中のいろんな所へ出掛けて行って、「コメ国こそがグローバルスタンダードだ!」と、「神の意思だ!」と吼えています。 自分たちこそが唯一の善だと、なにをトチクルッタかそう思い込んでいるし、他の国の人々にもそう思わせるのが使命だと、大勘違いをしているので手におえません。 我こそが善、我こそがグローバルスタンダードなのだから、賛同しないものは、当然(?)悪の枢軸であり、ならず者であり、テロリストなんだと、、、。 自分の規格を無理やり他人に押し付けて、あんたはいいけど、押し付けられる側は、たまったものじゃないよ。 〜つづく |
| あえて、価値観の変容について行かず! 2002/5/2 (木) 前回、価値観の変化に適応できない、云々、、。と記したところで寝言は中断されたままでしたが、やっと寝言、タワ言、再開! 前回、『価値観の変容について行けず 2002/2/10 (日)』を書いてからランチのメニューに、「ねぎマグロ定食」と「さしみ定食」を、780円という値段で加えました。うちは、時流に取り残されている。あえて時流に抗せず、時流に流されてみようと思ったからです。 780円という価格では、ランチのみで儲けようと考えた場合、まったく利益など出ない無謀な価格設定で、自分の首を絞めるだけです。780円に価格設定した理由は、ただ単にこの価格ならまわりとの価格競争に勝てるだろうと考えたからです。まず、価格ありき!です。この値段ならお客さんは来てくれるだろうと考えました。そして、とにかくまずはやってみました。 確かに、以前と違う顔ぶれの新規のお客さんがちらほら来てくれるようになりました。しかし、不思議なことに、以前からにぎりやチラシを食べにいらしてくれているお客さんは、ほとんどの方がにぎりやチラシを注文なさいます。そう云う状況を見て、ああ、そうなのか!と思い当たるわけです。 前からすしを食べに来てくれているお客さんは、定食のメニューができても、やはりすしを食べに来てくれているのです。 ランチの効用は、チャンネタを処分することと、少しでもいいから仕入れの原価を回収するということです。そして、サービスランチ以外の正規のメニューや、立ちの仕事とか、出前とか、トータルで利益があがれば、それでよしとしようということです。 一方で、もっともっと、仕事をアピールしなきゃいけないな、と痛感しております。アナゴとか、卵焼きとか、コハダやさばなどの酢で〆る仕事、おぼろ、かんぴょう、椎茸、アチャラ、煮ハマグリ、、、鉄火芯、、、などなど。うちの店の味をもっともっと前面に出して勝負しなきゃいけないなと。 たとえば、煮たてのアナゴのおいしさをぜひ味わってもらいたいと思います。ご来店の時間に合わせてアナゴを煮ます。そして、ドンピシャのタイミングで煮立てのアナゴを握って召し上がっていただく。自分で云うのもナンですが、お客さんの悦ぶ顔が目に浮かびます。そういう仕事をしなきゃいけないなと思います。ハッタリやコケオドシの商売、ヨイショで客を喜ばしてお金を取る商売はわたしにはできません。良い音楽を聴いて良いと思うのは、その音楽をやっている人が良い人間だから良いのだ、とそんな風なことを誰かが言っていたけど、、、、。突然、話は変わるけど、先日テレビでやったのを見たのですが、東池袋の有名なラーメン店「大勝軒」のおやじさんの生き方は凄いと思いました。それこそ、おやじの生き様がラーメンの味に表現されているんだろうなと想います。まだ食べたことも無いのに、勝手に想像するのですが。 〜中途ですが、今日はこの辺で。 つづく (ここまで5.2) (ここから、5.4) 昨日、池袋のサンシャインで「プラレール博」が催されているので子供と見に出かけました。その時、往きに大塚から都電に乗って東池袋4丁目で降りてサンシャインに向かって歩いていたら、偶然にも「大勝軒」に出くわしました。東池袋にあるということだけは知っていたのですが、どの辺にあるんだろうか、と想って歩いていたら、たまたま「大勝軒」のある辻に出くわしたのでした。その日は5月3日のお昼ということもあってか、大勢の人が列を作って並んでいました。おそらく70〜80人は並んでいただろうと思われました。驚きでした。店に入るのにおそらく列の最後尾の人は1時間半は待つだろうと思われました。せっかくですので子供の手を引いて店の中を覗きに行って来ました。その日はたいへん良い天気で外が明るかったせいか店の中が暗く感じて良く見えなかったのですが、お店は狭そうな感じがしました。食事をするのに、大勢の人がじっと並んで1〜2時間も待っている光景を見て、一種の宗教だなと、おやじは教祖様なんだな、と思いました。自慢にゃならないけど、うちの店なんか客が並ぶなんてことはないもんね。並ぶことが大嫌いなわたしにとってあの光景はオドロキでした。 そしてその後「プラレール」の会場に着いたら、3時間待ちということで、さっさと諦めてタクシーで帰ってきたのでした。 で、何が言いたかったのかというと、あえて時流に流されて780円のランチを始めてはみたけれど、流れに流され続けることはしない。ポリシーを持って、金寿しの、うちの店ながらの仕事をして行こう! ということ、かな? 〜この項、終わり。 |
| 価値観の変容について行けず 2002/2/10 (日) ハンバーガーが、65円から値上げして平日も80円になるんだと、、。 ジュースを自動販売機で買っても120円でっせ! 脇役のジュースよりも、主役の食べものの値段の方が安くなっているという、この逆転現象、まともじゃないと思うのは、わたしだけなんでしょうか? 牛丼も、立ち食いそばも、大衆路線の焼肉屋も、それから忘れていた、回転寿司も、お弁当屋も、ここ何年かでの食べもの屋の価格破壊というか、価格の下落は目を見張る(目を覆いたくなる)ばかりです。 それはそれでたいへんな企業努力が生み出した結果の、この低価格だとは思いますが、、、。 たとえば、今出始めの生トリ貝、河岸でうちが仕入れる値段、いくらだと思いますか? 答えは、一個240円です。すしは2カンづけでお出ししますので、240円×2=480円 原価が480円です。さて、いくらでお売りすればいいんでしょうか? 480円で仕入れたものを480円では売れません。いくらかでも利益を乗せなければ、商売になりませんから。今、世間でいくらでも安く済まそうと思えば済ませられる食べもの屋のこの現実と、わが商売とのギャップ! つづく |
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